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晴耕雨読二回目の春が過ぎて
桜が散ると時間の経つのが急に早くなるのはぼくだけではないだろう。昔の人もやはりそうだったようで古今和歌集にそんな気分を詠んだ歌があった。
あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくおもほゆるかな
(春が終ると年月は矢を射るみたいにあっと言う間に過ぎてゆくように思われる
凡河内躬恒 古今和歌集 巻第二 春歌下)
仕事を辞めてずっと家にいるのなら悠々自適だねと人は言うがそういうのとはちょっと違う気がする。代わりに晴耕雨読とぼくは言っている。“晴れの日なら雨の日なら”という過ごし方のことではなく日々を送る気分のことである。ということを二年前に書いた。晴耕雨読の生活に入ってまる二年、二回目の春が過ぎた。早いと思う。ぼくの晴耕雨読は“あるがままに生きよう”という気分なのだが、そんな生活でも良いことはあまりなくめんどうなことは以前同様普通に起きる。次から次へとなにかが起きる。なんとかなっているがひやひやすることもありうんざりすることもあるから、まあ健康に別段問題ないのがせめてもの、と消極的に考える。いや、それが一番大事なことなのだから“せめても”などと言っていてはいけない、それを羨ましく思う同世代も多い。感謝だよ。
一日の終わりに遠く聞こえる蛙の鳴き声に今夜も心癒されほっとする。2026年4月20日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)
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